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私も罪人ですか?

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【質問】私も罪人なのでしょうか。私が犯罪を犯したわけでもないし、どちらかと言えば善良で、まじめに生きてきたと思うのです。こんな私も、なぜ罪人扱いされるのでしょうか?

【私たちの答え】

確かに聖書には「すべての人は罪を犯して、神の栄光を受けることができず…」※1 と書いてあります。聖書は、すべての人には罪の性質があると語っています。

わが家には3歳と5歳児の子どもがいます。親として、子どもにイタズラを教えたことはありません。人のものを取ったり、兄弟を叩いたり、ケンカをすることも当然、教えたことはありません。

しかし子どもたちは、いつのまにか悪いことを身につけ、行っています。どんなに可愛い子どもも、純粋無垢に見える子どもも、驚くような悪いことを行います。それは人のうちに生まれつきもつ罪の性質から出てくるものです。

罪の性質

罪について、イエスは興味深い言及をしています。「人から出てくるもの、それが人を汚すのです。内側から、すなわち人の心の中から、悪い考えが出て来ます。淫らな行い、盗み、殺人、姦淫、貪欲、悪行、欺き、好色、ねたみ、ののしり、高慢、愚かさで、これらの悪は、みな内側から出て来て、人を汚すのです。」※2

イエスはここで、代表的な罪をリストをあげています。同時に、これらの罪は心の内側から出てくると、イエスは語っています。

罪は感染症に似ています。ウィルスに感染して、体内でウィルスが増殖すると、身体の各部分に症状が現れます。

例えば、インフルエンザ・ウィルスに感染すると、喉の痛み、鼻腔の炎症、鼻水、咳、発熱、頭痛、関節痛を起こします。病院を受診すると、消炎鎮痛剤、解熱剤、咳止め……などの薬が処方されます。しかしこれらの薬は症状を緩和する、対処療法に過ぎません。

それ以上に、ウィルスの増殖やウィルス自体を抑える薬が必要です。タミフルやリレンザ、ラピアクタなどの抗ウィルス薬です。何よりも身体自身がもつ免疫力でウィルスを駆逐する必要があります。

行動に現れる罪は症状に過ぎません。症状の根源である、心の内側の罪の性質「原罪」に問題があるのです。

人の創造

「原罪」を説明するために、世界の創造まで歴史を遡る必要があります。聖書が語る人類最初の人が、アダムです。神はアダムをご自分に似る者として、神のイメージで造りました。そのアダムのパートナーとして、神は妻のエバをアダムの肋骨から創造しました。アダムとエバは理性を持ち、自ら選択でき、互いに愛し合う関係を築く存在として造られました。

同時に、アダムとエバは個人的に、神を知ることができました。二人はいつでも神と話すことができました。そして、神は彼らのすべての必要を満たしました。神と彼らの「関係」を妨げるものは何一つありませんでした。神と親密で、心励まされる「関係」を持っていたのです。

アダムとエバには自由意志、つまり選択する能力が与えられました。神はまた、彼ら人間に特別な役割を与えました。その役割とは、神が創造したすべての生き物、動物、鳥、魚、そして地上のすべての植物の世話することでした。

善悪の知識の木

ただ神は人が自由に生きるために、たった一つのルール、制約を設けました。それは、広大なエデンの園の中の一本の木「善悪の知識の木」からだけは、その実を食べてはいけないという命令でした。

「神である主は人に命じられた。『あなたは園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは、食べてはならない。その木から食べるとき、あなたは必ず死ぬ。』」※3

人は「やってはいけないこと」に魅力を感じるものです。たとえ何百もの選択肢があっても「そのうちの一つは行ってはいけない」と言われれば、その一つが無性に気になるものです。

アダムとエバは罪を犯す前、「永遠のいのち」に終わりがきます。すなわち「死」がもたらされるというのです。それは神との関係の「死」でもありました。アダムとエバの神への反抗が、それ以降の全人類と神との間の「隔たり」になるのです。

誘惑

悪魔は蛇を通して、エバを誘惑しました。「あなたがたは決して死にません。それを食べるそのとき、目が開かれて、あなたがたが神のようになって善悪を知る者となることを、神は知っているのです。」※4

悪魔はエバに嘘をつきます。「その実を食べても死なない」と、神のことばを否定しました。さらに悪魔は「神のようになって善悪を知る者になる」ことを、神は隠していると語りました。「神のようになる」ということばは、エバには魅力的に感じたのです。悪魔は人の神への信頼関係に疑問を投げ込んだのです。

「そこで、女が見ると、その木は食べるのに良さそうで、目に慕わしく、またその木は賢くしてくれそうで好ましかった。それで、女はその実を取って食べ、ともにいた夫にも与えたので、夫も食べた。」※5

アダムとエバは、神のことばよりも、悪魔が言うことを信じました。アダムとエバは「善悪の知識の実」を食べることを選んだのです。

死とは分離

その瞬間、神との関係から、アダムとエバは切り離されることになりました。人は永遠に生きることはなくなり、やがて「死」を迎えるようにもなりました。聖書で「罪の報酬は死です」※6 と書いてあるとおりです。

神はアダムとエバをエデンの園から追放しました。もともとのエデンの園での人生には「死」はありませんでした。

ここでいう「死」とは、二つの「死」を意味します。

一つは肉体的な死です。
もう一つは神との関係における死です。

「死」とは分離です。私たちが肉体的な「死」を迎えるとき、霊が肉体から切り離されます。関係における「死」とは、人が神との関係から切り離されることです。

神との関係が崩れた結果、私たちは神に意識的に反逆したり、無関心であったりするのです。神に対するこの態度が「原罪」です。この「原罪」の症状として、あらゆる悪い行動が出てくるのです。

しかし神は、それでも全人類を愛していました。神は人の「原罪」と、罪の結果である「死」への解決を用意していたのです。

神からの解決

神は人を愛し、人が罪によって永遠に神から切り離された状態を望んではいません。神はご自分との信頼関係が失った全人類のために、神であるイエスをこの地上に送ったのです。

「神は、実に、そのひとり子(イエス)をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることがなく、永遠のいのちを持つためである。」※7

神の子イエス・キリストは人となって、この地上に来ました。このイエスが、私たちの身代わりに十字架にかけられたのです。それは私たちの罪の代価を、イエスが自分のいのちをもって完全に支払うためでした。

そしてイエスは十字架の死から3日目に、死から復活しました。罪の結果である、「死」の力を無効にするためでした。

罪とは

全人類はアダムとエバの子孫です。全人類のだれもが、アダムとエバ以来、受け継いできた罪の性質「原罪」をもっています。

新約聖書はもともとギリシア語で書かれています。「罪」を示すギリシヤ語は ἁμαρτία(ハマルティア)。「的外れ」という意味です。本来、射抜くべき的の中心から外れた人生のことです。的の中心からのズレが「罪」なのです。

神への意識的な反抗、消極的な態度、無関心こそが罪の本質「原罪」です。「原罪」から、あらゆる罪の症状が行動として現れるのです。罪を犯さないと、人がいくら頑張っても、それは対処療法に過ぎません。

「原罪」そのものを解決する必要があります。私たちのうちに宿る「原罪」にゆるしを与えるのが、イエスの十字架と復活です。

あなたの選択です

イエスの十字架と復活は、私たちが神のもとに戻り、完全なゆるしを受けるための唯一の道です。イエスを信じるとき、罪と死の問題は解決するのです。

イエスを信じるかは、あなた自身が選ぶ必要があります。イエスの身代わりの死を受け入れるか、拒否するかは、あなた自身の決断です。イエスは私たちに、神との関係を回復させたいと切に願っています。このイエスの提案を受け取ってください。

「罪の報酬は死です。しかし神の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」※8

関係の回復

イエスが十字架で死んだのは、私たちの罪がすべて、完全にゆるされるためです。ぜひイエスを信じてください。これが神を知る方法です。神との親しい関係を回復させることができます。

「永遠のいのち」とは、神との関係が回復させることです。また「永遠のいのち」とは、イエスとともに歩むいのちのことです。「永遠のいのち」は死後に始まるのではありません。神との関係は、イエスを信じた瞬間に始まるのです。

永遠のいのち

イエスの十字架と復活は、肉体の「死」にも解決を与えます。人はだれもが肉体の「死」を迎えます。人はだれも「死」から逃れることができません。しかしイエスが将来、この地上に戻ってきます。このイエスの「再臨」のとき、神は全人類を裁きます。

しかしイエスを信じる者には、すでにイエスが罪の刑罰を身代わりに受けているので、罪に定められることはありません。

イエスの「再臨」のとき、神はこの地上に新しい世界に再創造します。この新しい天と地では、もはや「死」は存在しません。イエスを信じる者は、神の子どもとして栄光のからだで復活して、永遠に神とともに住むのです。

「神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。」※9

神はあなたを無条件に愛しています。あなたが神を知り、神との永遠に続く親しい関係を回復させ、その関係を楽しむことを、神は願っているのです。

 イエス・キリストとの個人的な関係を持つには
 質問や意見があります

脚注: (1) ローマ3:23 (2) マルコ7:21-23 (3) 創世記2:16,17 (4) 創世記3:4,5 (5) 創世記3:6 (6) ローマ6:23 (7) ヨハネ3:16 (8) ローマ6:23 (9) 黙示録21:4

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