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ユダヤ教 違いは?

ユダヤ教も、キリスト教も「旧約聖書」を信じています。信じる神も同じです。ならば、ユダヤ教とキリスト教の違いとは何でしょうか。

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【質問】ユダヤ教とキリスト教の違いは何でしょうか。どちらも「旧約聖書」を信じています。なぜ、ユダヤ教ではイエスをメシアだとは認めないのでしょうか。

【私たちの答え】

確かに、ユダヤ教もキリスト教も、同じ「旧約聖書」を信じています。ユダヤ教では「旧約聖書」のみが「聖書」なので、そもそも「旧約」という呼び方はしません。

では、なぜユダヤ教では「新約聖書」を「聖書」とは認めないのでしょうか。「新約聖書」の伝えたい重要なメッセージは、イエスこそがメシアであるということです。メシアはヘブル語で「救世主」のことです。メシアをギリシア語にすると「キリスト」になります。

イエスはメシアなのか?

ユダヤ教とキリスト教。その最大の違いは、イエスをメシアと信じるかです。ユダヤ教では、イエス(ヘブル語ではイェシュア)をメシアとは認めていません。一方、キリスト教では、イエスこそが聖書が語るメシア(キリスト)だと信じています。

そもそも聖書が示すメシアとは、どのような存在なのでしょうか。

「旧約聖書」では、実に300回以上「神がこの世界にメシア(救世主)を送る」という預言が出てきます。1000年以上にわたって30人以上の預言者が、メシアの到来を伝えているのです。

メシアがいつ、どこで誕生するのか。どのような人生を送るのか。どのような死を迎えるのか…。「旧約聖書」にはメシアに関する預言が点在しています。

ユダヤ教でも、この地上に将来、メシアが到来することは受け入れています。では、なぜユダヤ教では、イエスがメシアだとは認めないのでしょうか。

その理由を端的に言うと、イエスはユダヤ人が期待していた「メシア」のイメージとは、まったく違う存在だったからです。

イエスの教えは斬新すぎた

イエスが生きた一世紀、ユダヤ教の一派に聖書の律法を厳守する「パリサイ派」と呼ばれる学派がありました。パリサイ派は「旧約聖書」の律法の一つ、安息日の規定を特に厳格に守っていました。

安息日とは、神がイスラエルの民に定めた休日です。安息日は金曜の日没に始まり、翌土曜の日の入りまでの一日のことです。天地創造の際、神は6日間で創造の働きを完成させ、7日目に休んだことが由来です。

イスラエルでは、週のうち1日は完全に休みにすることが、古くから守られていました。安息日にはどんな労働もしてはいけない決まりで、特にパリサイ派は厳格に守っていました。

しかしイエスは、安息日にも人々の病気を治す奇跡を行いました。病気のいやしの奇跡は、神の奇跡であり、神は安息日にも人々のために働いているというのが、イエスの主張でした。

当然パリサイ派は、安息日の規則を破るイエスの行動に憤りを覚え、イエスを攻撃します。イエスがメシアであるなら、神が定めた安息日の規則を遵守するはずだと、彼らは考えたのです※1。

ユダヤ教の指導者たちは、安息日のこと以外でも、イエスの行動と教えに多くの疑問を抱いていました。イエスがメシアであるなら、イエスもパリサイ派のように律法を厳格に捉えて、振る舞うべきだと考えたのです。

イエスは収税人や売春婦たちを非難するのではなく、かえって彼らと時間を過ごしました。同時に、イエスは宗教指導者の偽善を指摘しました。

さらには、イエスをメシアだと信じなければ、だれも罪の中に死ぬことになると伝えました。当時のユダヤ教の指導者たちは、イエスに敵意すら抱くようになりました。

メシアは王

イエスの生涯は、ユダヤ人が待ち望むメシア像とは明らかに違いました。一世紀のユダヤはローマ帝国の植民地でした。人々はローマの圧政から解放してくれる「政治的な救世主」を求めていたのです。

確かに聖書には、メシアを圧政から解放する王として描く預言もあります。そして現在に至るまで、メシアが統治する王国はまだ起こっていません。

しかしイエスは世の終わりに再び、この地上に戻ってきます。世の終わりのさばきによって、メシアは全世界を統治する王として君臨することを、新約聖書は語っています。

罪からの救い主

一世紀のユダヤ人は、ローマ帝国の支配から解放する「政治的救世主」を求めていました。そのため、全人類の最大の問題、罪を解決するメシアの側面は見落とされていました。

「旧約聖書」の預言者ミカは、メシアがベツレヘムで生まれることを預言しました。イザヤは、メシアが処女から誕生することを預言しています。預言者ゼカリヤは、メシアがロバに乗ってエルサレムに入城すること、また弟子の一人が銀貨30枚でイエスを裏切ることを預言しました。

イザヤはまた、メシアの働きについて、具体的に預言しています。「神である主の霊がわたしの上にある。貧しい人に良い知らせを伝えるため、心傷ついた者を癒すため、主はわたしに油を注ぎ、わたしを遣わされた。」※2

イザヤは、メシアが十字架につくことも、詳細に預言しています。

「彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。人が顔を背けるほど蔑まれ、私たちも彼を尊ばなかった。まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを担った。それなのに、私たちは思った。神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。」

「しかし、彼は、私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷によって、私たちは癒された。私たちはみな、羊のようにさまよい、それぞれ自分勝手な道に向かって行った。しかし、主は私たちのすべての者の咎を彼に負わせた。」※3

イエスよりも700年以上前に生きたイザヤが、これだけ細かくイエスの十字架の場面を描写したことは驚きです。イエスの生涯を見ると、まさに「旧約聖書」の預言が一つひとつ彼の人生に実現していく姿を見ることができます。

イエスの生涯に関しては「映画ジーザス」をご覧ください。

預言が成就する確率

旧約聖書には、メシア預言が300以上、出てきます。これらの預言が、一人の人の生涯に起こる確率はどれくらいなのでしょうか。

アメリカ・カルフォルニア州のパサデナ大学の教授、ピーター・W・ストーナー博士は、メシア預言が一人の人の生涯に起こる確率を計算しました。600人以上の大学院生・学部生が数年がかりで計算した結果を、博士はこう発表しています。

「300あるメシア預言のうち主要な8つだけ取り出して、それらが一人の人間の生涯で成就する確率を計算しました。計算の結果、その確率は 1/100,000,000,000,000,000 でした。」

「これは偶然に起こる出来事ではありません。聖書の預言の成就は、人間の理解をはるかに超えた不思議な神の力によることを断定せざるを得ません。」※4

歴史的な傷

現在ユダヤ人の多くの方がイエスをメシアだと受け入れられない最大の理由が、ユダヤ民族がこの2000年間、受けてきた苦難の歴史だと言えます。

イエスの時代、ユダヤはローマ帝国の植民地でした。しかし西暦70年に、ユダヤはローマ帝国によって完全に滅ぼされました。ユダヤ人は殺されるか、奴隷として捕らえられ、世界各地に離散させられました。

そして一世紀以来、ユダヤ人を迫害してきたのが、クリスチャンでした。ヨーロッパで支配的な立場になったキリスト教が、少数派のユダヤ人に厳しい迫害を加えました。

恥ずべき歴史

十字軍は、聖地エルサレム奪還を目指して進軍する途中、各地でユダヤ人を虐殺しました。中世後期、ユダヤ人はペスト流行の原因という根拠なき汚名を着せられました。偏見と悪意から、大量のユダヤ人が処刑されました。たとえ殉教が免れても、追放令で一切の資産が没収されました。

14世紀のスペインでも、ユダヤ人への虐殺が繰り返されました。ユダヤ人にはキリスト教への強制改宗か、処刑、または国外追放が待っていました。

16世紀、宗教改革者ルターでさえ、反ユダヤ主義の文書を執筆しています。後にナチス・ドイツは、ルターが書いた反ユダヤ的な書物を再出版。ホロコーストを正当化しました。

19世紀、ロシアでもユダヤ人の大量虐殺ポグロムが起こります。帝政ロシアは日露戦争敗戦の責任を、まったく関係のないユダヤ人に負わせて、虐殺しました。

ホロコースト

ナチス・ドイツはユダヤ人撲滅の計画ホロコーストを行います。ヒトラーは国家権力を総動員し、組織的にユダヤ人撲滅をはかります。アウシュビッツをはじめ、各地に強制収容所を設立。ガス室と火葬場で大量のユダヤ人が虐殺されました。

これらクリスチャンによる迫害の歴史は、現在もユダヤ人の心に深く刻まれています。「クリスチャン」「教会」「イエス」と聞くだけで、多くのユダヤ人は恐怖を覚え、強い嫌悪感を感じます。クリスチャンが犯した歴史的な罪が、ユダヤ人がイエスを信じる最大の障壁となっています。

神の心は

クリスチャンは長年、ユダヤ人を迫害しました。離散するユダヤ人には、ユダヤ教が精神的な拠り所でした。ユダヤ教が否定するイエスを信じることは、民族のアイデンティティを失うことでもありました。

歴史的にクリスチャンは、その支配的な立場から、ユダヤ人をキリスト教へと改宗を迫ります。それでも、頑なにイエスを拒み続けるユダヤ人に、クリスチャンは憤り、迫害、虐殺したのです。

では、神はユダヤ人に対して、どのような心を持っていたのでしょうか。

「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに真実の愛を尽くし続けた。おとめイスラエルよ。再びわたしはあなたを建て直し、あなたは建て直される。」※5

「わたしがわたしの羊を飼い、わたしが彼らを憩わせる。…わたしは失われたものを捜し、追いやられたものを連れ戻し、傷ついたものを介抱し、病気のものを力づける。」※6

「わたしを尋ねなかった者たちに、わたしは尋ね求められ、わたしを探さなかった者たちに、わたしは見出された。わたしの名を呼び求めなかった国民に向かって、『わたしはここだ。わたしはここだ』と言った。わたしは終日、頑なな民に手を差し伸べた。」※7

たとえイエスを拒んだとしても、神はそれでもユダヤ人を愛し、受け入れていました。ユダヤ人に「わたしはここだ」と、神はその手を差し伸ばし続けました。

神の心も知らず、ユダヤ人を苦しめた教会とクリスチャンの罪は、非常に大きいものです。しかしクリスチャンの中には少数ながらも、神のイスラエルに対する心を知り、神の愛で行動した人もいました。

ビザ発給の奇跡

日本人として、イスラエルへの神の永遠の愛を覚えるとき、忘れてはならない人物がいます。日本人の外交官の杉浦千畝・幸子夫妻です。

1940年8月、当時のリトアニアの首都カウナスで、杉浦は6,000人以上のユダヤ人に日本入国のビザ発給を行い、ユダヤ難民をナチス・ドイツの虐殺の手から救いました。

1939年ドイツがポーランドに侵攻。当時、ポーランドに住んでいたユダヤ人たちは、隣国リトアニアに避難しました。杉原がカウナスの日本領事館に赴任したのも、同じ1939年のことです。ナチス・ドイツの侵略の足音がすぐそこまで迫っていました。

当時、西ヨーロッパはナチスの占領下。ユダヤ人が生き残る道はシベリヤ鉄道を一路東へ、日本に向かう道しか残っていませんでした。

1940年7月末のある朝、100人ほどのユダヤ人が日本領事館の入口に押し寄せました。杉原はユダヤ人の代表と話し合います ※8。そして彼らの願いをまとめて、すぐに東京の外務省に打電。指示を仰ぎます。

後に杉原夫妻はこう証言しています。「2回目の電信で、内務省が公安上の理由で反対。陸軍もドイツとの関係に悪影響が及ぼすと反対しました。」※9

聖書に促された英断

ビザ発給の許可を、日本の外務省は拒否しました。しかし、杉浦夫妻はロシア正教のクリスチャンでした。ある朝、幸子夫人が聖書を読んだとき、一つの聖書のことばに目が留まりました。

それが「旧約聖書」の一節、哀歌2:17でした。「あなたの心を主の前に、水のように注ぎ出せ。あなたの幼子たちのいのちのために、主に向かって両手をあげよ。」※10

夫人はこの聖書のことばから、領事館に押し寄せるユダヤ人のために、切実な思いで祈ります。祈りの中で確信を得た幸子夫人が、千畝を説得。外務省の訓令への違反でしたが、杉浦は通過ビザの発給を決断します※11。

最初のビザは8月1日に発給されました。最初のビザをもらった一人が、後にイスラエルの宗教大臣になったバルダクティク氏でした。またノミ・グリーンバーグさんもこの日、ビザを受け取りました。ノミさんはこう語ります。

「突然のことでした。杉原さんが日本の通過ビザを発給してくれたのです。長い列ができました。そしてその列の中に、私の将来の夫となるモーセも並んでいました。同じく日本のビザを受け取り、逃避行の末に私たちは結婚したのです。」

その後も、杉浦は不眠不休でビザ発給を続けます。当時のビザはすべて手書きでした。あまりに大量な作業に、現地採用の事務官の提案で、主要部分をゴム印にして、発給の手間を簡素化しました。

ソ連軍から再三、領事館閉鎖の勧告を受けましたが、杉原はビザ発給をやめません。領事館閉鎖後も、ホテルに移った杉原はそこでもビザ発給を続けます。

最後にカウナス駅から列車が発車するまで、杉浦はビザを書き続けました。発車する列車の窓から、杉原はゴム印をその場にいたユダヤ人の手にゆだねました。杉原の手で2,139家族以上にビザが発給され、合計6,000人以上のユダヤ人がナチス・ドイツの虐殺から救出されました。

奇跡の逃避行

ビザを受け取った人々は、カウナスからモスクワまで三日間、列車で旅をしました。そしてモスクワでシベリア鉄道に乗り換えます。当時、戦争激化のため、極東までの直通列車の運行は中断されていました。ユダヤ人たちは主要駅で汽車を乗り継ぎ、何とか極東の港町ウラジオストクに到着しました。

ウラジオストク港から難民たちは、日本交通公社(JTB)が手配した日本船「天草丸」に乗り込み、日本海を渡ります。数日後、福井県敦賀に上陸。神戸へは鉄道で移動しました。そして、しばらく神戸に居住します。

日本の教会の助け

神戸滞在中、ユダヤ人難民を助けたのが、神戸のホーリネス教会の日本人信徒たちでした。空いている信徒宅を提供。関西学院の宣教師館も、ユダヤ人難民に貸し出されました。

日本のクリスチャンたちは毎週2回、ユダヤ避難民を訪問。果物や食糧、必要な物資を差し入れました。当時の日本人のクリスチャンは、聖書に出てくる馴染み深いヘブル語の名前を聞き、ユダヤ難民に親みを覚えました。教会とユダヤ人難民の温かい交流は、彼らの神戸滞在中、続きました。

日本滞在中の様子を、デボラ・ツィムリングさんはこう証言しています。「天草丸で日本に到着しました。日本の皆さんが、とても親切にしてくれました。ある日本のクリスチャンが、ユダヤ教の祈りの道具を入れる袋を作ってくれました。しかもヘブル語と日本語で、私のデボラという名前を刺繍で入れてくれたのです。」

その後、日本政府がユダヤ難民に、上海への移住を要請。神戸のクリスチャンたちは、神戸埠頭まで見送りに行きました。たくさんの果物、手製の手芸品を難民たちに差し入れ、別れを惜しみました。上海に渡ったユダヤ人たちは、1948年イスラエル建国とともに、母国への帰還を果たしました。

「実に、キリストこそ私たちの平和です。キリストは私たち二つのものを一つにし、ご自分の肉において、隔ての壁を打ち壊し、様々な規定から成る戒めの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、この二つをご自分において新しい一人の人に造り上げて平和を実現し、二つのものを一つのからだとして、十字架によって神と和解させ、敵意を十字架によって滅ぼされました。」※12

6,000人のユダヤ難民の命が救われたのは、杉浦千畝・幸子夫妻をはじめ、神に従った多くの日本人クリスチャンの手によったのです。

十字架の愛による行動が、互いの敵意を滅ぼし、和解へと導きます。イエスの十字架が、ユダヤ人の方々の心に残る歴史的な傷、敵意を溶かすものとなるように切に願わされています。

ユダヤ人のメシア・イェシュア

ヘブル語でイエスのことをイェシュアと呼びます。現在でも、多くのユダヤ人がイェシュアをメシアだとは、受け入れていません。しかしユダヤ人が偏見を捨てて、新約聖書に描かれたイェシュアの生涯を読むとき、大きな感動を覚えます。このイェシュアもユダヤ人であり、聖書が示してきたメシアだと発見すると言われています。

「すべての人を照らすそのまことの光が、世に来ようとしていた。この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。この方はご自分のところに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。」

「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権をお与えになった。」※12

現在、イェシュアをメシアと信じる「メシアニック・ジュー」が少しずつ増えています。ユダヤ人の皆さんが聖書のことばに触れ、ユダヤ人のメシア、王として来られた方を、自らの決断として信じることができるように、切に祈っています。

エルサレムの平安のために祈れ

「エルサレムの平安のために祈れ。『あなたを愛する人々が安らかであるように。あなたの城壁 の内に、平和があるように。あなたの宮殿の内が、平穏であるように。』」※13

「旧約聖書」の詩篇の中に、「エルサレムの平安のために祈れ」と命じられています。まさにユダヤ人の方々が、イエスをメシアと信じ、神の民として回復することこそがエルサレムの平安です。

クリスチャンとして、ユダヤ人の方々の心の傷がいやされ、メシアであるイエスを受け入れることができるように祈り、愛をもって仕えていきたいと願っています。

 イエス・キリストとの個人的な関係を持つには
 質問や意見があります

脚注:(1) 安息日に関する論争の一つが ヨハネ 5:8-16 に記されている。 (2) イザヤ 61:1−3 (3) イザヤ 53:3-6

(4) Peter Stoner, quoted by Josh McDowell, The New Evidence that Demands a Verdict, Nelson, Nashville, 1999. 邦訳ジョシュ・マクドウェル著、中村光弘・川端光生監訳『徹底検証キリスト教・信じる根拠はどこにあるのか』第二巻、いのちのことば社, 2014, pp.185-187.

(5) エレミヤ31:3,4 (6) エゼキエル34:15,16 (7) イザヤ65:1,2

(8) ゾラフ・バルダクティク著, 滝川義人訳『日本に来たユダヤ難民』原書房, 2014 (9) 1983年フジテレビで放送された『運命をわけた一枚のビザ』

(10) 哀歌2:17
(11) 杉原幸子『六千人の命のビザ』大正出版, 1990, p.35
(12) エペソ2:14-16 (13) ヨハネ1:9-12 (13) 詩篇122:6,7

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